今の自分は人生のどのへん?
2004年8月5日今の私の生活を短い言葉で表したら「シンプル」に生きるように心がけている。
例えば・・・
部屋の中にある読まなくなった本とかCDとかは全部古本屋に売ったり、着ない洋服を全部捨てたり人にあげたり。
そんな事をして私の持ち物はだいぶ減ってきている。
それは、たまたま買ってみた風水の本に「使わないものには悪い気がたまる」って書いてあったことに影響されたっていうのもあるんだけど、去年引越しの日に私は自分の物の多さに本当に驚いたのだ。
7年前大学入学のため東京へ引っ越した時は私の荷物は布団とテレビと下着と洋服何着かだけだった。
たしかTシャツ何枚かとGパンとカーディガンとコート。あとスーツ。そんな程度だった気がする。
高校生の頃、私はコンプレックスの塊で太っている事を気にしていて洋服を買いに行く事もあまりなかった。
だから、持っている服も少なかった。
引越しの荷物もだから小さなワゴン車で足りるくらいだったと思う。テレビとダンボール2〜3個分くらいだったもの。
大学生活で増えたものは楽譜と楽器の材料と本。
楽譜は一ヶ月3〜4曲ペースで増えていってた。
大学を卒業してアパレルで働き出したら洋服が増えた。
そんなこんなで実家に戻る時の私の荷物は引越し屋さんの独り暮らしのパックの規定を出るくらいの荷物になっていた。
狭い1kの部屋には入りきらないくらいの荷物で溢れかえっていたもの。
それが実家に戻ったら、いらないものはすぐ捨てる。という自分に変わっていて、私の物はどんどん減った。
家具も捨てた。
今私の部屋にあるものは、一人暮らしをしていた頃の半分くらいになっただろう。
昔はなんでもとっておくのが好きで雑誌なんて2年分くらいとってあった。
読み返すかもしれない。
そんな思いでだったと思う。
今は、たまったらこまめに捨ててる。
あっても絶対読まないからだ。
洋服もいつか着るかもしれない。っていう思いだったろうな・・?今は1年着ないものは捨てたり売ったりしているし。
別に収納する場所はあるんだけど・・
携帯のメモリーももう連絡とらないだろうなと思うような相手は消してしまう。
前の彼氏も実は消した。
もう私から連絡をする事はないだろうから・・・
と言っても覚えてしまっているんだけど。
友達も今はすごく仲の良い子の分しか携帯には入っていない。
それが今の自分にとってはすごく自然だったりする。
なんでもかんでも自分の手元においておくのは好きじゃなくなった。
そういう時期なのかもしれないな。
彼と別れたのも私に必要のないものを捨てる事だったのかもしれない。
でも、自分の持ち物が少なくなってみてよかった事がたくさんある。
今、自分の持っているものを大事にできるようになった。
友達も、化粧品の一つ一つでさえ大事にしている。
それから・・これは風水の領域なのかもしれないけれど、ラッキーだと思うような事が増えてきた気がする。
人と出会う機会も増えた。
最近ここでよく書くことだけれど、私は今ここに書くことが全くないくらい毎日何も心が波立たない生活をしているのだ。
去年、中絶をした後、私は日記に書いておきたいことが山のようにあった。毎日たくさん書きたいことがあった。
それだけ私はいろんな事を感じいろんな事を考え傷つき苦しい生活だった。
今は何も感じない。
いや・・楽しいとか嬉しいとかは感じる。
でもいつも楽しかったり嬉しい事が続くからもう飽きているのかもしれない。
昔「所ジョージ」がテレビで言ってた。
「みんな幸せになりたい。というけれど不幸な方がおもしろいんだよ?もし何にもない平凡な幸せな毎日が一生続いたら退屈すぎて不幸に感じる。それよりは、お金がないとか、時間がないとかなんでも不自由な事を抱えているくらいが丁度いいんだ。それが幸せなんだ。」と言っていたけどこういうことかもしれない。
私は今幸せにくらしていて いつかまた私が悲しみの境地に触れたとき「あの幸せだった頃にもどりたい」と今のことを思うだろうと思う。
でも今の私は退屈でしかたないのかもしれない。
でももう少しこのままもいいかもね^^
楽チンで^^
例えば・・・
部屋の中にある読まなくなった本とかCDとかは全部古本屋に売ったり、着ない洋服を全部捨てたり人にあげたり。
そんな事をして私の持ち物はだいぶ減ってきている。
それは、たまたま買ってみた風水の本に「使わないものには悪い気がたまる」って書いてあったことに影響されたっていうのもあるんだけど、去年引越しの日に私は自分の物の多さに本当に驚いたのだ。
7年前大学入学のため東京へ引っ越した時は私の荷物は布団とテレビと下着と洋服何着かだけだった。
たしかTシャツ何枚かとGパンとカーディガンとコート。あとスーツ。そんな程度だった気がする。
高校生の頃、私はコンプレックスの塊で太っている事を気にしていて洋服を買いに行く事もあまりなかった。
だから、持っている服も少なかった。
引越しの荷物もだから小さなワゴン車で足りるくらいだったと思う。テレビとダンボール2〜3個分くらいだったもの。
大学生活で増えたものは楽譜と楽器の材料と本。
楽譜は一ヶ月3〜4曲ペースで増えていってた。
大学を卒業してアパレルで働き出したら洋服が増えた。
そんなこんなで実家に戻る時の私の荷物は引越し屋さんの独り暮らしのパックの規定を出るくらいの荷物になっていた。
狭い1kの部屋には入りきらないくらいの荷物で溢れかえっていたもの。
それが実家に戻ったら、いらないものはすぐ捨てる。という自分に変わっていて、私の物はどんどん減った。
家具も捨てた。
今私の部屋にあるものは、一人暮らしをしていた頃の半分くらいになっただろう。
昔はなんでもとっておくのが好きで雑誌なんて2年分くらいとってあった。
読み返すかもしれない。
そんな思いでだったと思う。
今は、たまったらこまめに捨ててる。
あっても絶対読まないからだ。
洋服もいつか着るかもしれない。っていう思いだったろうな・・?今は1年着ないものは捨てたり売ったりしているし。
別に収納する場所はあるんだけど・・
携帯のメモリーももう連絡とらないだろうなと思うような相手は消してしまう。
前の彼氏も実は消した。
もう私から連絡をする事はないだろうから・・・
と言っても覚えてしまっているんだけど。
友達も今はすごく仲の良い子の分しか携帯には入っていない。
それが今の自分にとってはすごく自然だったりする。
なんでもかんでも自分の手元においておくのは好きじゃなくなった。
そういう時期なのかもしれないな。
彼と別れたのも私に必要のないものを捨てる事だったのかもしれない。
でも、自分の持ち物が少なくなってみてよかった事がたくさんある。
今、自分の持っているものを大事にできるようになった。
友達も、化粧品の一つ一つでさえ大事にしている。
それから・・これは風水の領域なのかもしれないけれど、ラッキーだと思うような事が増えてきた気がする。
人と出会う機会も増えた。
最近ここでよく書くことだけれど、私は今ここに書くことが全くないくらい毎日何も心が波立たない生活をしているのだ。
去年、中絶をした後、私は日記に書いておきたいことが山のようにあった。毎日たくさん書きたいことがあった。
それだけ私はいろんな事を感じいろんな事を考え傷つき苦しい生活だった。
今は何も感じない。
いや・・楽しいとか嬉しいとかは感じる。
でもいつも楽しかったり嬉しい事が続くからもう飽きているのかもしれない。
昔「所ジョージ」がテレビで言ってた。
「みんな幸せになりたい。というけれど不幸な方がおもしろいんだよ?もし何にもない平凡な幸せな毎日が一生続いたら退屈すぎて不幸に感じる。それよりは、お金がないとか、時間がないとかなんでも不自由な事を抱えているくらいが丁度いいんだ。それが幸せなんだ。」と言っていたけどこういうことかもしれない。
私は今幸せにくらしていて いつかまた私が悲しみの境地に触れたとき「あの幸せだった頃にもどりたい」と今のことを思うだろうと思う。
でも今の私は退屈でしかたないのかもしれない。
でももう少しこのままもいいかもね^^
楽チンで^^
コメント